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仁心の涵養(かんよう)で泰平を目指す~徳川綱吉から学ぶ

2014-08-09

徳川5代将軍・徳川綱吉は、3代・家光の四男として1646年に生まれました。

大坂夏の陣から約30年、いまだ戦国時代の雰囲気が残り、大名や民衆にも武力をよりどころとする野蛮な価値観がありました。

四男で将軍の地位から遠かったはずの綱吉ですが、世継ぎの夭折(ようせつ)などの偶然が重なり34歳で将軍となります。

悪評のイメージが強い綱吉ですが、実際には古い慣例にとらわれない政策を取り、徳川幕府安泰の礎を築く功績を残しています。

そのひとつが側用人(そばようにん)制度。

家格に関係なく優秀な人材を幕府の要職に登用しました。

次に、武士の身分を剥奪し領地を没収する改易や検地により、幕府直轄領を増やして財政を安定させました。

さらに、貨幣改鋳により市場経済を活性化させたことで、華やかな町人文化である元禄文化が花開いたのです。

また、綱吉が施行した法律には捨子の禁止や孤児の保護、囚人の待遇改善などがあり、これらは近代日本の福祉立法の先駆けといわれています。

生類憐れみの令も鉄砲抑制やかぶき者(江戸初期の無頼の徒)の取り締まりなども狙いがあり、そこには綱吉の「戦国の殺伐とした空気を廃し、思いやりの心ある仁愛の世を願う」という高い理想が込められていました。

「犬公方」と揶揄されながらも綱吉は人々の意識を変え、泰平の世に導いたのです。



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