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戦わずして勝つ「黒田官兵衛」から学ぶ

2013-01-29

戦国時代に稀代の軍師として知られた黒田官兵衛は、1546年に播磨の小大名の家老の長男として誕生しました。

21歳で家督を継いだ頃、播磨地方もまた風雲急を告げる混乱の中にありました。

中小勢力の抗争が激化する中、主君の小寺政職(まさもと)はより大きな勢力の傘下に入ることを決意。

多くの家臣が以前から縁のある毛利氏につくことを進言するが、官兵衛だけは織田信長を推します。

信長がいずれ天下を取ることを見抜き、その根拠を理路整然と説いたのでした。

小寺家の使者として信長に面会した官兵衛は、初対面の信長から弁舌ひとつで大きな信頼を勝ち取ります。

その後、小寺家を離れ、信長、秀吉、家康に実力を認められる名参謀として乱世を生き抜き、現在の九州・福岡の繁栄の礎を築きました。

多くの武将が武力でのし上がるのに対し、官兵衛の武器は知力。

巧みな戦略と交渉によって敵を開城させ、さらには極力兵を殺さずに自軍に取り込む「戦わずして勝つ」戦術を得意としました。

時代の流れを読むことに長け、隙のない策士のイメージが強い官兵衛ですが、和歌や文学を愛し敬虔なキリスト教徒でもありました。

「人に媚びず、富貴を望まず」。

普段は質素倹約に励み、一方で功績のあった家臣には手厚く報いたといいます。

決して主君を裏切らず、家臣には「礼譲の心」で接することを大切にしました。




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