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信仰に生きたキリシタン大名「大友宗麟」から学ぶ

2016-06-09

最盛期には九州6カ国を治めた大友宗麟(そうりん)は1530年、義鎮(よししげ)として豊後・府内(大分県大分市)に生まれました。

父は肥後の有力大名・大友義鑑(よしあき)。

長男として早くから跡継ぎと期待されますが、いつしか異母弟に家督を継がせたいと考える父の思惑に翻弄されながらも20歳で大友家の当主となります。

その頃、キリスト教布教のために豊後を訪れていたフランシスコ・ザビエルに出会い、キリスト教に傾倒します。

その後、実弟がライバルである大内家の家督を相続したり、毛利元就が九州に侵攻したりと自身の領国支配に自信を失います。

キリスト教を嫌う妻との不仲にも悩み体調を崩しますが、32歳の時に心機一転を図って大徳寺の禅僧のもとで出家します。

「宗麟」も出家を機に名乗るようになった名前で、宗麟の保護下で布教にいそしんでいたイエズス会の宣教師たちは一様に困惑したといいます。

時を経て46歳、息子に家督を譲るとキリスト教嫌いの妻とも離婚して、ついにキリスト教の洗礼を受けます。

洗礼名は、崇敬するザビエルの名をもらい「ドン・フランシスコ」としました。

宗麟は住民全員がキリシタンという理想郷の建設を夢見るものの、その夢は叶わず57歳で死去。

程なくして豊臣秀吉はキリシタン信仰を禁じ、日本のキリスト教は300年以上に渡る暗黒時代に突入したのです。



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