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天性のリーダー「徳川吉宗」から学ぶ

2016-01-03

徳川幕府「中興の祖」といわれた徳川吉宗は1684年、紀州徳川家の四男として生まれました。

当時の厳しい身分制度では、四男は領地をもつことはできず跡継ぎにはなれない立場でしたが、幼い頃から5代将軍・綱吉に可能性を見出され、越前に3万石を得て大名となります。

その後、紀州藩を継いだ兄たちが立て続けに死去したために若くして紀州藩5代藩主となります。

このとき紀州藩の財政は火の車でしたが、徹底した緊縮財政を敢行し財政立て直しに成功します。

質素倹約を徹底する一方で、米の増産を図ったりミカンや醤油など特産品を奨励して収入を増やす策も講じました。

その手腕は高く評価され広く世に知れ渡ることとなります。

そして31歳で8代目将軍に就任、徳川御三家から初の将軍となりました。

この頃、幕府の財政もまたひっ迫していました。

吉宗は財政再建はもとより、行政制度全般にわたる構造改革に乗り出します。

倹約令や新田開発、米価の調整といった経済政策に加え、法制整備、目安箱による民意の吸い上げなど多方面で改革を進めます。

また身分を超えた人材登用も積極的に行いました。

「全徳の人は得難し、一失あれば一徳あり。一善あれば一過はゆるすべきなり」という言葉には、人材活用を得意とした吉宗の考えが凝縮されているようです。

まさに剛と柔を併せ持った天性のリーダーでしょう。



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