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握髪吐哺(あくはつとほ)
2015-08-13
中国正史第一の書とされる『史記』から、あの孔子が毎晩のように夢にまで見たほど尊敬していたという聖人、周公旦(しゅうこう・たん/周公=周の君主)にまつわる故事成語をご紹介いたしましょう。
時は紀元前11世紀頃。
中国では殷王朝が倒れ、新たに周という国が誕生しました。
その建国の功臣として知られているのが周公旦。
国を安定させるため、日々心を砕いておりました。
そんな彼がある日、任地へ赴く息子に語ったことには「私は文王の子で武王の弟、いまの成王にとっては叔父にあたり、卑賤の者では決してない。
しかし人が訪ねてきたとあらば入浴時には三度も洗いかけの髪を握ったまま、食事の時には三度も口中の物を吐き出して、その方を迎えたものだ。
それでも天下の賢人を逃したのではないかと不安でならない。
お前もゆめゆめおごってはならぬぞ」。
周公旦のこの言から「握髪吐哺=髪を握り哺を吐く」は、優秀な人材を得るために努める意となりました。
それにしてもビチョビチョの髪で、はたまた頬に食べカスを付けて?人前に登場となると、お行儀としてはとても褒められたものではありません。
とはいえこの周公旦は、さまざまな行事における動作や言行、服装や道具を定めた「礼学」の基礎を築いたとされ、それ故に前述のとおり孔子からも崇められていた人物です。
すなわち彼は、身分の上下や礼儀作法を誰よりも「わきまえていた」けれども、それを敢えて「問わない」選択をしているのです。
「幸運の神様には前髪しかない(うかうかしているとチャンスを取り逃がすぞ!)」というフレーズを耳にしたことがある方も多いかと思いますが、周公旦に言わせれば「おのれの濡れた髪をそのまま握ってでも好機は逃すな」ということになるでしょうか。
前回の【敗軍の将は兵を語らず】の故事同様、優れた人才を得ること、またそのために頭を垂れること、さらには即行動に移すことが国や組織を治める上でいかに重要か、至高の聖人・周公旦が3千年の時を越えて教えてくれているのではないでしょうか。
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