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夢を追い続けた努力の人~「本田宗一郎」から学ぶ
2015-08-11
天才技術者と呼ばれ一代で「世界のホンダ」を築いた本田宗一郎は、1906年に現在の静岡県浜松市に生まれました。
機械が好きで小学生の頃に初めて見た自動車に感激し、いつか自分で自動車を作りたいという強い憧れを抱きます。
15歳で東京の自動車修理工場で修行を始め、21歳に浜松で独立した後に自社でピストンリングの開発にも成功。
商売は順調でしたが、時を同じくして日本は太平洋戦争へ突入します。
38歳で終戦を迎えた宗一郎は工場を売却して休養を宣言します。
気の向くままに発明をしながら時局を見極め次の仕事の構想を練ったのです。
39歳で本田技術研究所を設立、数々の失敗作も生みながら挑戦を続け、日本一のオートバイメーカーへと成長します。
夢として掲げた世界最高峰のバイクレースでの優勝という偉業も果たし、念願の自動車業界に参入。
世界に先駆けた低公害エンジンの開発に成功すると66歳で潔く後進に道を譲ります。
低公害エンジン開発の功績が認められ、82歳で日本人初のアメリカ自動車殿堂入りを果たしますが、そのブースは宗一郎が憧れたT型フォードの生みの親と奇しくも隣同士でした。
座右の銘は「成功は99%の失敗に支えられた1%だ」。
天才と呼ばれた宗一郎でしたが、多くの挫折や失敗にくじけることなく努力を重ね、挑戦し続けた先に夢の実現があったのです。
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